先の続きみたいなものです。頭領にこんな経験があります。それは、まだ頭領が柔道小僧だった頃の話、いつもと同じように練習していた日のことです。僕の通った道場の隣が、中華料理屋さんだったんです。さらにその隣が果物屋さん、そこで、練習終わって、スコール飲むのが楽しみで・・・、はなしがそれた・・・。たぶん、トラブルはその中華屋さんで起こったんだとおもいます。見るからに、ケンカしたてホヤホヤのおいやんが道場に走り込んできて、「助けてください、かくまってください」と叫びました。道場も水を打った状況になって、静まりかえってました、そこに、ゴリラみたいな吉田先生、竹刀もって(あつ、誤解されないようにいいますが、この先生、竹刀か、雑誌丸めてガムテープとめてた棒状のものをいっつも持ってました。何か持たないと落ち着かない霊長類だったんだと思います。)、そのおいやんにひとこと、ケンカか?と聞いて、そのおいやんがワケをぺらぺら言い始めると、それを遮って、「ケンカならとめへん、好きにやってくれ、見学なら、すわって、黙って見とれ!ほな、練習じゃ!」と、門下に号令一下、門下は、みな練習再開、吉田先生は、入り口で、仁王立ち・・・、その直後、二人ほど、別のおいやんが道場のぞきに来て、吉田先生に、見学か!と聞かれて「違いますぅ」って、やりとりがあった程度で、その後は何もなく、鼻血流したおいやんに、吉田先生、自分の汗吹いたタオルだか、ぞうきんだか分からない布を、「道場を血で汚すなよ」っといいながら渡してました。そのおいやん仕方なく、その布を受け取り、自分の鼻血拭いて吉田先生に返そうとして、怒られてました。結局、そのおいやん、吉田先生の横で、最後まで見学させられ、タオルだか雑巾だか分からない布もって帰って行きました。たぶん、その間、ずっと説教されてたんだと思います。それっきりの話ですが、これが、頭領がはじめてみた「仁」でした。
頭領が正道空手を修行していたころの話、正道館には、先生がおりませんでした、それはフルコン空手全体の慣習か、正道館の慣習かは分かりませんが、支部長と先輩がいて、ともに技術も人格も先生にあたる面々なのですが、先生と呼ばれる人はいません。ので、実は、頭領は、スポチャン業界で、先生と呼ばれるのは、ちょっと、おこがましく感じるし、ちょっとこっぱずかしく感じるし・・・、インストラクター資格あるから先生だ、という感覚は、たぶん武道をやってきた人には、理解されません。強いから先生だし、偉いから先生なんです。でも、ここで使ってる「頭領」と言う言葉は、ちょっとお気に入りです。・・・また、はなしがそれた・・・。頭領が、ある事情で、正道空手をやめなければ、ならない事があり、それを迷いもあって、だらだらと先輩にも支部長にも言わずにいたんです。手紙でも書きゃいいやってね、更衣室でふさぎ込む日が重なって、支部長から呼び止められたのは、いよいよ次回が最後の練習って時でした、支部長から、「どないしてん、最近へんやぞ」ときかれ、もうダメだ、ちゃんと言わないと、と思い、事情といっしょにやめる話をしました。はじめに聞かれたのは、「お前、やめれんのか」ってことでした。とっさに頭領は、退館止めにきたなって思い、「仕方ないけど、それしか道がありません」というと、「おまえが、やめれるはずない、まぁ、自分で決めろ!」、結果、会話としては、頭領が一方的にしゃべって、支部長は、「どないしてん」、「やめれんのか」、「自分で決めろ」の三言しか言わんなかったんです。最後の練習は、本当に足が重かった、ローキック決められて、内ももが真っ黒になった日も、ミット蹴りまくって脚がバーンアウトして動けない日も、この日ほど、足は重くなかった。練習に行っても、僕がやめる話を支部長は最後まで、しませんでした。ただ、その日の支部長との組み手は、本気でした。すぐに、頭領もいつもと違うって感じました。こっちも俺がここにいたこと、支部長の体に刻んでやると思い、最後の練習をしました。
帰り道は、行きとはまるで違う道でした。別れの言葉もなく、別れの挨拶もせず、最後の練習は終わりましたが、頭領の感じてたのは、支部長の「優しさ」でした。だから、道場出てから、家に帰るまで、涙が止まりませんでした。今でも思い出すのは、「やめんのか」でなく、「やめれんのか」っという言葉です、あれは、確認だったんです。今ならこう答えます。「支部長、やっぱり、やめられませんでした。」
強さに裏付けされた優しさを語れば、キリがないんです。スポーツの世界とはちょっと違う日本武道の世界に、それを感じた人は、いっぱいいると思います。今吹衆よ、君たちに武士道を手本とし、筋の通った大人になる手伝いをしたいと頭領は思ってる。その意味で、横道に外れた全柔連も君たちのサンプルとしよう。いつか、本当の武士道を実践してるのは、柔道やってるあの子達だよ、剣道してるあいつらだぜ、空手もそう、合気道もそう、少林寺拳法もそう、日本拳法もそう、だから、あいつら優しいんだな~、っていわれるといいな。みんな強いだけじゃだめなんだ。武の道歩むなら武士道を知らずには歩けないぜ。1000年前からその道を歩いてきた先輩達が大切にしてきたものだから。俺たちチャンバラーもその道の端っこでいい、歩かせさせてもらおうな。今吹衆!