頭領、またやっちゃた・・・。反省の意を表して告白致します。
頭領、昔から、どっちかって言うと、感情をむき出しにしてしまうタイプなんですが、そのたびに反省してんのに・・・。カッてなると、もう声が大きくなってしまうんです。そのたびに「口開けて はらわた見せる 柘榴かな」って句を(マイナス的に)思い起こすんです。といっても、実は、柘榴ってあんまり食べたことないんです。前の職場の庭に生えていて、つまんで取ってるシスターから、一粒もらって食べました。甘酸っぱくて、いい感じ!でも、裂けた落ちた柘榴は、確かに見た目、あんまり気持ちのいいものでなかったです。花は、ちょっとハデハデで、桜好きな頭領は、派手な花が苦手です!さっき初めて知ったんですが、これ、芭蕉の句だそうです。頭領は、新渡戸先生の「武士道」でこの句を知りました。
ん、何の話だったかな・・・。そうそう、この前、京都に行ったんです。あるお店で駐車場に車を止めようと思うと、お店の出入り口から、遠くに離れた所に停めるよう誘導され、足の悪い頭領は、娘の肩を借りて、入店しようとしたら、あるんです、入り口のそばに車いすマークの駐車スペースが・・・!、早速、店長さんに車いすシールも貼ってるのに遠くに停めさせるのは、おかしくはないですか?と訪ねると、その店長さん、「あなたの車は、背が高くないですか」と聞き返され、「普通の乗用車ですが、それがなにか?」と応えると、「足が悪いなら、私でなく、駐車場係にそう言ってください」と言われ、カッ!て音が聞こえまして・・・。車の背が高いかどうかの質問も意味不明な上、この返事!上に立つ者として、失格!後から来る車いすマークのついてる車を運転する仲間たちのこともチラついて、この一言は許してはいけないと考えた瞬間に、場所も顧みず、大きな声をだしてしまいました。いくら主義主張に誤りが無くても大きな声で威圧するのは間違ってる。そこで、大声出しながら、いつものように浮かんだ言葉は、「はらわた見せた柘榴」、いやはや、みともない・・・。いや、柘榴が悪いんじゃない、柘榴は、おいしかった。悪いのは、大声出す頭領!だから正しくは、「はらわたを見せた頭領」です。かつての日本人は、感情を外に出すことをよしとしなかった。ガッツポーズした横綱がお叱りを受けた例は、他の国の人には理解されないでしょう。しかし、現代に生きる頭領は、大声はともかく、良いことなら、表に出して良いような気もしてます。表現下手の日本人も変化しつつある。でも、頭領は注意しよう。威圧や、大声からは、なにも生まれない。相手の改心も自分の反省も・・・。こちらの良い部分さえ自分の大きな声が、吹き飛ばしてしまい、白い目で見る店員さん達の中に、娘が混じっていなかったことが唯一の救い。でも後から来た障害を持つ仲間たちは、ちゃんと誘導してもらえたかも不安。もう一度、「口開けて はらわた見せる 柘榴かな」
我々日の本の民は、言わねばならないことの言い方を学ばねば!我慢するだけが「徳」ではない。他国の皆さんとうまくつきあうためにも言わねばならぬことを正しい方法で言うこと。日本のリーダー達が、今、正しい方法で必至で戦っていることを心から願い、応援します。中も外も輝き見せる柘榴石・・・