このトドめ! ん?いいえ、トドメの話。

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頭領は、二十代後半から発病した三十代後半までの十年間、周りが何でっと言うくらい走りまくってました。勿論、仕事の話です。スポチャンのことではありません。スポチャンで走り回ったら、間違いなく負けます。この頃の頭領の仕事は、刺激的なことばかりだったし、とてもいい上司に恵まれて、自他共に認めるラッキーな若者でした。この上司は、なんと世俗に生きていませんでした。ので、上司の考え方が理解できないことも実に多かったですが、筋の一本通った、「孤高」と言う言葉がよく似合うタヌキさんでした。団体がとってもお金持ちだったので、すり寄るよだれ犬も飢えて危険なオオカミもこのタヌキさんは、近寄ることを許しませんでした。これは、今思うに簡単なことではありませんでした。このタヌキさんは、それをさらっとやってました。タヌキさんがするりとよけるので、仕方なく頭領は、このよだれを垂らした獣達や、きれいな歌声を出す真っ黒カラスや、味方のふりをする襟巻きイタチにかんしゃく持ちの逆立ちキツネ、大亀長老と老獪大トカゲのお年寄り爬虫類軍団の相手をしなくてはなりませんでした。この百鬼夜行の世界は、頭領を相当に成長させ、今に至ってます。感謝はしていますが、そこは二度と戻りたくない泥ダメです。

そんな中で孤高のタヌキさんから教わったことがあります。ある部署で全然成績も上がらず、存在価値も分からない、箸にも棒にもかからない部署があって、頭領は、この部署を閉めにかかったときのことです。頭領の運転する車の中で、タヌキさんに頭領がその部署の閉鎖と再生について熱く語っていたときのこと、「お前の計画には、確かに隙がない、だけど、腐った果実は、揺すって落とすな、自然に落ちるのを待つのも花道よ」と一言、言われました。頭領は絶句です。なにゆうとんねん、このおっさん、自分がゆうてること、わかっとんかいっと若き頭領は、反発しようにも次の言葉が出ませんでした。よくよく考えると、この言葉は、本当に強くないと言えない言葉なんです。組織は、生むより育てる方が大変だし、閉めるより、延命する方が大変なんです。造るのも閉めるのもかっこいい作業だけど、それを押さえて「待つのも花道」って関係する人間、まして組織の上層にいる人間にはなかなか言えない強い言葉です。年喰って、それが理解できました。

ただ、それ以来、頭領は何につけ、トドメが刺せません。最後の判断は、本人がすればいいんです。この言葉は、上司から受けた言葉の中で、一番影響を与えたものになりました。このタヌキさんは、仲間であるはずのムジナ達から、あのタヌキは、冷たい男よ、非道なヤツだ、人情のかけらもないという愚痴をよく聞きました。そこは伏魔殿でしたので、仲間タヌキもたいがい不思議なのが多かったんですけど・・・。のでタヌキさんは孤高でした。木の実が落ちるその時がその木の実の最後のステージで花道なんです。誰も邪魔すべきではない。僕は、これ以上の優しさを見たことがありません。だから、これも先に述べた「仁」です。

今吹衆よ、この世には、勝つことに勝る強さがある。その強さこそ、頭領が大人から学んで、君らに伝えたいことの一つである。勝ち続けることが強いことではないんだ。優しさを悟って初めて人とは強くなる。

推して知るべし。

 

 

 

2013年7月31日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : humishiotakashima