いろんな道場の先生が家族でスポーツチャンバラやっておられるケースは、普通にあります。頭領一家が珍しいわけではないのです。父である頭領には、家族が同じ目標で、同じ土俵に上がることにえも言われぬ安堵を感じる時があります。憶測ですが、一族郎党で一集団だった時代のDNAが家族でいることの安心感を呼ぶんだと思います。一族で戦場に出たり、猟場に出るときの高揚感と安心感を蘇らせる気がします。それを感じると自ずと家族に対する意識も強まります。だから家族で参加する選手の強いことは納得できます。そうして、その選手家族は、やがて先生家族になっていくのです。子育てというか、家族育てには、非常によい影響をスポチャンは与えてくれます。不思議なのが、スポーツチャンバラを家族でやってる場合、不思議とその中心は、経済力を握ってるからか、子供が母親につくからか、とーちゃんでなく、かーちゃんであることが多い気がします。なぜでしょう?とーちゃんは、集団でいることに安心感を覚え、練習中もニコニコ、ニコニコばっかりして強くならないからか、かーちゃんは、かつて、自分も戦いたいのに女である理由から供に戦いに行けなかった我慢のDNAを爆発させて、練習に打ち込むのか、あるいは、戦場に行く家族を見送り、家を護るDNAが、家族をうまくリードするのではないかとなどなど想像して楽しんでます。スポチャンやれば、とーちゃんもかーちゃんも遠い遠い昔の記憶の声を聞くはずです。それは、子供達もいつか聞く声なんです。
いずれにしても、頭領の子供時代には、家族が同じスポーツをやることはマレでした。公園で家族でバトミントンとかしたかな・・・。いやいや、正に公園でやったバトミントン感覚でスポチャンは出来ます。んで、とーちゃんらしさ、かーちゃんらしさをだせば、家族らしさもでてくる。うちは、DaddyとMammyですがね・・・。
今吹衆の基本参加単位は、そんな意味で「家族」となっています。忙しいとーちゃんらは、まだ、誰も来ませんが、もし、おとうさん、家族と一緒にいられないご事情があれば、相談乗ります、なんでも聞きますよ!勿論、聞くだけだけど!・・・でもね、家族で一緒にいることの安堵感を馬鹿にしないで、ほんと感じてみてください。これ以上の安らぎがないんです。血を分けた子供たちと、時を分けた奥さんと同じ目標、同じ土俵、これが絶対条件です。これなくて、その安堵感は得られない。だからいくら信頼できる仲間であっても、いくら好みのキャバ嬢であっても、その部分の安堵感は、条件が足りなくて得られないんです。おとうさん、経験あるんでしょ!えっ、ないって・・・。うそばっかり~。かーちゃんらは、ますます勇ましくなっていきます。とーちゃんらもいそがねば!、えっ、だから、うちは、Daddy、Mammyですって!